ラウンドアップレディ・アルファルファ――栽培禁止に困惑する米国農家

巨大なカントリー・エレベーターの前で、グローバル・マーケットの中のローカルなビジネスを語る
巨大なカントリー・エレベーターの前で、グローバル・マーケットの中のローカルなビジネスを語る

巨大なカントリー・エレベーターの前で、グローバル・マーケットの中のローカルなビジネスを語る
巨大なカントリー・エレベーターの前で、グローバル・マーケットの中のローカルなビジネスを語る

Indiana州では、10の牛舎に約3万頭の牛を飼う巨大な酪農場と、それに隣接するカントリー・エレベーターを訪ねた。このカントリー・エレベーターを経営する会社は、トウモロコシ、大豆、小麦、ライ麦、アルファルファなどを生産、貯蔵し、地域の酪農場などに供給している。ここで聞いた話から、日本の消費者がほとんど気付いていないグローバリゼーションの何たるかを思わずにはいられなかった。

 穀物を収容する巨大なタンクを見上げながら、我々はこの施設の責任者から経営の概要と作業内容の説明を受けた。この人自身、「もっと小さな農場から来ているんだ」という農家だ(小さいと言っても、日本でのそれのように採算が合わないほど零細な農場というのではない)。

 一通り話を聞いた後で、「今、いちばん必要としているテクノロジーは何か?」と尋ねた。彼は一瞬押し黙ったが、すぐに堰を切ったようにまくしたてた。「GM作物さ。これが必要だ。わざわざこんな話をするのは、ラウンドアップレディ・アルファルファの問題があるからだ」と言う。

 折しも、この訪問の約1週間前の2007年5月3日、米国カリフォルニア北地区連邦地方裁判所が、ラウンドアップレディ・アルファルファの商業栽培を米国全土で禁止するとの判決を下したばかりだった(詳しくは、「GMOワールド/米国連邦地裁、USDAを停める――GMアルファルファ栽培禁止裁決」参照)。この品種は、Monsanto社が開発し、すでに米国農務省(USDA)が承認していた。USDAは、除草剤耐性遺伝子は人間と家畜に無害という理由で、長期で詳細な環境影響評価は無用としていたが、同地裁はこの決定が違法だとする。他品種との交雑の可能性を検証すべきで、これが行われていないために、GM作物とそれを用いた食品を購入したくない消費者の利益を損ねており、GM作物が関与する製品を買いたがらないマーケットと、オーガニック農産物マーケットを対象とするビジネスに悪影響を与え得るというのだ。

 彼は、このことに困惑していた。「我々はコントロールできるのに、栽培禁止の決定が出てしまった。もちろんGM作物についてのインフォメーションは大切だ。それは第一だ。しかし、問題はその情報を消費サイドがどう識別するかなんだ」。

 納得がいかないのは、この決定が、生産者とその作物の買い手という当事者間の問題ではなく、取引関係のない第三者のために下されたという点だ。彼らは家畜の飼料用にラウンドアップレディ・アルファルファを生産する。それを地域の酪農場が買う。このレベルでは全く問題がなかったのに、GMを嫌うマーケット(もちろんこれには日本市場が含まれている)やオーガニック製品向けの生産をしている生産者の不利益となるかも知れないからやめよという判決になった。

「我々は、自分たちがグローバルなマーケットの中にいることを承知している。しかし、我々は極めてローカルなマーケットを対象とした仕事をしているんだ」。

 本当にコントロールできるものなのかどうかは、連邦地裁が「それを検証していなかったのでするように」と言っていることなので、結論は待たなければならない。だが、彼が言っているのはそのことではなく、世界の中に彼らにとって不可解な要求を持つ人々がいるために、自分たちのローカルなビジネスまでもが影響を受けることのやるせなさだ。

 日本をはじめ、米国以外の地域でグローバリゼーションが語られるとき、その論調は「米国のわがままを押しつけられるのはたまらない」といったものになりがちだ。しかし、今回熱っぽく語る彼の姿を見て、その論調が極めて視野の狭いものだということが、よく分かった。米国人は米国人で、「日本のわがままを押しつけられるのはたまらない」「欧州のわがままを押しつけられるのはたまらない」と考えているはずなのだ。グローバリゼーションとは、世界全体がある一国の意向に右往左往させられている状況を言うのではない。すべての国、すべての人々が、お互いに大きな影響を受け、同じくらい大きな影響を与える、そうした世界に否応なく突き進んでいる状況を言うのだ。

 冷静に考えれば当たり前のそのことに、日常の生活や仕事の中では、誰しもほとんど注意を払っていない。我々一人ひとりは、例えば日本人として、○○社の社員として、誰それの家族として生きているのであって、空想的な世界市民として生きているわけではないからだ。

 ただし、この新しい世界の中で、すべての人々が、今まで以上に問われることがある――自分は何様なのであろうか?

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →