結晶物は“かつて良質だった”証拠

井戸水
井戸の水は夏冷たく、冬温い。地下の温度が一定であることをうかがわせる

ワインのリーファー輸送を業界に提案した大久保順朗氏が、リーファー輸送が必要と考えるに至ったワイン物流の問題の本質を語る。今回は、「ワインのダイヤモンド」が意味するものの話と、ワインの品質を保つための温度の話をお送りする。

誤った対症療法が品質を落とす

 我が店の地下貯蔵庫は年々華やかさを増していった。しかし、アイテムが増えるにつれ、販売不能の不良在庫品の本数も急増し始めた。そして山岡寿夫氏の予測・危惧が現実の事態として現れ始めた。ワイン輸入各社の在庫が増加すると、温度が低すぎる契約倉庫での滞留期間が長くなり、冷え過ぎによる成分結晶や外気吸引のトラブルが多発しはじめたのである。

 我が店の地下貯蔵庫でも、仕入れてから数日から一カ月程度時間経過したワインが口漏れを始める事態が多発し始めた。しかし当時のワイン輸入業者たちの大半は、「口漏れはコルク栓の必然で仕方のないこと」として片付けてしまう。あろうことか、欧州の蔵元にビン詰め液量を減らす依頼をする以外は、改善策の模索を怠っていた業者ばかりであった。

 口漏れの原因を探さずに、場当たり的な対症療法、口漏れしづらくなる方法を模索してしまったのである。さらには、成分結晶を回避するために欧州の蔵元に「フィルタリング強化」や「ビン詰め前低温処理」を指示する業者も複数現れてしまった。当該ワインは著しく薄っぺらな香味となり、人気を落とした。大切なのは原因療法の模索である。

 私がワイン貯蔵庫やコンテナの設定温度を16~18℃に確保することを訴える理由の一つがここにある。ワインの貯蔵温度の設定を低くすればするほど、成分結晶を引き起こす可能性は高まってしまう。ワインから結晶物が析出してしまうということは、液体からの成分の分離脱落に他ならない。

 ワイン業界では、酒石酸カリウム等の結晶物を「ワインのダイヤモンド」と呼び、この結晶物が存在するワイン・ボトルは「良質なワインの証し」と評される傾向にあったことは、ご存知の方も多いだろう。

 私の評価は違う。この結晶物が存在するワイン・ボトルは、ビン詰め以後にかなりの低温度下にさらされ、成分が分離脱落したことを証明しているのである。

 勘違いのないように念押しさせていただくが、結晶物のない理由が過度のフィルタリング強化やビン詰め前低温処理を施したことによるのであれば論外である。またノン・フィルターのワインが常に良質であると言うのでもない。濃厚であるが品のないワインは以外に多い。熟成段階に行われる清澄処理の補完作業としての適度のフィルター処理は、ワインの本来的品性の良否を明確にしてくれる場合が多い。

 話を戻そう。全くの同一ワインで結晶のあるものとないものを比較テイスティングすれば、結晶現象を起こしていないものの方が明らかに滑らかでうまい。酒石酸カリウムの結晶物は、猪口などにとって少量の熱湯を注げば簡単に溶解する。この液体を冷ましてからテイスティングすれば一目瞭然である。酒石酸カリウムはワインに厚みと滑らかさを与える重要な成分である。

 酒石酸カリウム等の結晶物が析出してしまったワイン・ボトルは、ずさんな輸送や管理を隠すためのビン詰め前低温処理でこの成分を取り去ってしまったワインよりは優れてはいるのだが、「かつてはもっと良質なワインであった」ことを証しているのでしかない。

地下は“低温”ではない

井戸水
井戸の水は夏冷たく、冬温い。地下の温度が一定であることをうかがわせる

 私が理想的ワインの貯蔵温度を「16~18℃」と断定的に申し上げる理由を申し上げておく。

 2011年6月現在、東日本大震災に関連して節電意識の高まりから“地下”に注目が集まっている。その中で報道陣に公開された東京スカイツリータウン(東京スカイツリーを含む複合施設)の空調の基本は、「16~18℃」の地中に建設した蓄熱槽で働かせる熱交換装置である。

 ついでに言わせていただくが、この構造物がUR都市機構や日建設計から提案されたものであるならば、16年ほど前だっただろうか、武蔵小金井駅南口再開発にからんでの両者との懇談会の席上で、私が提案したアイデアが基である可能性は高い。

 汐留エリアの開発の時は冷暖蓄熱スペースとしての利用に留まっていたが、東京スカイツリーでは熱交換システムが確立されたようである。この技術に微生物の醗酵熱(堆肥の醗酵熱は凄い)を応用、進化、リンクさせれば、釜石や石巻あたりではエネルギー自給率が飛躍的に高い面白い復興プランが出来上がるだろうに。

 人為的工作のない自然の土壌に囲まれて、床面を3.5m以上掘り込み、完全外気温遮断された地下空間は、東西南北人類の生息可能地域であれば、春夏秋冬を通じて室温が「16~18℃」に固定するらしい。これは土壌中に生息する微生物の活動による発熱と、土壌からの水分の気化熱がバランスして起きる現象と聞く。しかし「16~18℃」という温度を現出できない例外的な場所もある。上記のバランスの崩れた場所である。

 他方、人間が電気空調という技術を開発する遥か以前から、食料を保存する技術はさまざまに開発されてきた。中でも醗酵食品の文化は、大半は自然界で最も変質の遅い場所、言い換えれば紫外線にさらされず温度変化の少ない場所、つまり地下室で育まれてきたと言っていい。醗酵食品文化の一つであるワインの貯蔵温度が「16~18℃」であったであろうことは明白である。

 では何故、ワインの保存の適温として9℃説、11℃説、14℃説等の諸説が出てしまったのであろう? それは、さまざまに不完全な地下室、つまりバランスの崩れた場所を最適な場所と誤認したのに違いない。――第二次大戦による荒廃の修復もままならない状態の、漆喰やモルタルが剥げ落ち、レンガや石組みが露出し、外気遮断も出来ず、漏水も防げない状態のワイン貯蔵庫を見て、ロマンティックに懐古的幻想を膨らませ、錯覚してしまう人間は私だけではないだろう。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。