マメ類の有害物質

白インゲン豆
白インゲン豆

食物中の化学物質で素性がわかっているのはごく一部。少量でも有害と言える化学物質はいくらでも存在する。それに対して、人類はさまざまな試行錯誤を通じて有害性を低減する調理法を編み出してきた。食材の特徴を理解して、適切な加工・調理を行うことの重要性を認識したい。マメ類の例はその理解を深めるのに役立つ。

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“叩けば埃が出る”のが食物

 食物は原則として生物に由来する。そして、食べられることを是とする生物がいないことは、自明の理である。あらゆる生物は、他の生物(病原菌を含む)に食べられまいと防御策を講じている。調理などによって、その防御策を打ち消す対応ができるものだけが、ヒトの食物になる。煮炊き等の加熱は重要な対策になる。

(生物に由来しない唯一の例外が食塩だ。乳や果物といった食べられることを前提に産する食物があることは、指摘しておこう)

 植物の防御は、物理的・化学的・生物的な対策に大別することができる。硬い殻やトゲは、典型的な物理的防御策である。生物的防御の例としては、アリ植物(※1)が挙げられる。これは昆虫のアリに住居や餌を提供し、外敵から守ってもらう植物だ。互いに利益を得る相利共生の関係にある。

 植物にとって最も得意で多様と言えるのが化学的防御策だ。そのうち、消極的な対策が食害時における栄養成分の減少である。一般的な化学的防御策は、食害者に少量でも悪影響を与える有害物質の生産だ。そして、植物を食べる動物には、そうした有害物質を認識するセンサーが備わっている。味覚の苦味がそれである。

 人間が行ってきた栽培作物の改良には、たくさん穫れるようにとか育てやすくとかと、いくつかの方向が存在する。おいしさの追求もその一つだったに違いない。そこで、味をよくする選択の中で苦味の低減が起こる。そのため、現在の作物に含まれる有害物質の量は野生種と比較して減少している。

 だが、そうであっても現在普通に栽培され消費されている野菜を分析すると、多様な有害物質を発見できる。野菜だけではない、食物は未知の化学物質の塊であり、“叩けば埃が出る”ものなのだ。

白インゲン豆による食中毒事件

白インゲン豆
白インゲン豆

 我々が食べ慣れている通常の食材にも有害物質は含まれている。これを明確に示した食中毒事件が2006年に発生した。白インゲン豆が原因食で、嘔吐や下痢等の消化器症状を示した患者数は158名に及んだ。

 某テレビ局が放送した番組が問題だった。「白インゲン豆を3分程度煎ってから粉にしてご飯に振りかける」という内容で、“デンプンを分解する酵素アミラーゼの阻害因子(ファセオラミン)を含むため、ダイエット効果がある”という触れ込みだった。

 しかし、生のマメ類の多くは共通するいくつかの有害物質を含んでいる。通常、マメ類は煮る・煎る・蒸煮する等、しっかりと加熱してから食用に供する。この加熱によって、有害性は問題ない水準まで低減する。ところが、“白インゲン・ダイエット”のテレビの「3分間煎る」という加熱は、有害性低減に程遠い条件だったのだ。

 食中毒を引き起こした原因物質は、白インゲン豆に含まれるレクチンと推定されている。生物体内には、グルコース等の糖がつながった糖鎖を持つ化学物質が存在する。レクチンはこの糖鎖に結合するタンパク質の総称で(抗体を除く)、植物だけでなくすべての生物に広く分布する。マメ類が含むレクチンの場合は生体防御機能を持ち、活性がある状態で摂取すると前述のような消化器症状を示す。赤血球を凝集する作用があるため、これを利用して含有量を測定する(赤血球凝集試験)。

 この食中毒事件は、厚生労働省のWebサイトで確認できる。

●厚生労働省・報道発表資料:白インゲン豆の摂取による健康被害事例について」

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/05/h0522-4.html

加熱条件はCCP(重要管理点)

 ダイズも、白インゲン豆と同様にレクチン(ヘマグルチニン)を含む。また、タンパク質分解酵素プロテアーゼの阻害因子(トリプシン・インヒビター、セリンプロテアーゼ・インヒビター)、前述のアミラーゼ阻害因子を含んでおり、消化を妨げる。甲状腺肥大因子(ゴイトロゲン)は、甲状腺機能を低下させ、金属結合成分(フィチン酸塩)は栄養成分のミネラルと結合して吸収を阻害する。

 しかしながら、これらの有害物質は通常の加熱調理により、低減化されて問題はなくなる。乾燥豆であれば、水で戻してから沸騰状態で軟らかくなるまで煮ればよい。ただし、乾熱処理は湿熱条件に比べて低減化の効率が劣る。きな粉や煎り大豆の製造に平釜を使用する場合、160℃で10~20分焙煎する必要がある。

 こうした加熱条件は、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)で言えば、CCP(重要管理点)に当たる。農林水産省のサイト「こどもそうだん」で、小学生の質問に答える形で“きな粉の作り方”を解説しているが、回答の中で加熱の重要性に触れておらず、条件もあいまいなため心配である。過度の加熱はリジン等の栄養損失につながるが、何と言っても安全第一である。

 一方、ダイズに多く存在する貯蔵タンパク質はアレルギーを起こしやすい。表示必須の7種類(※2)には含まれないが、表示推奨の18種類(※3)の中に入っている。とは言え、ダイズが原料として使用されていることが一般に認識されている特定加工食品は改めて表示する必要はない。ダイズの場合、みそ、しょうゆ、豆乳、豆腐、油揚げ、納豆等が該当する。

 食材の特徴を理解して、適切な加工・調理を行うことの重要性を改めて認識したい。

※1 アリ植物:主に熱帯に分布する、アリと共生する植物。特定の種ではなく、コショウ科、タデ科、マメ科などの種子植物や、シダ植物にもあり、500程度のアリ植物が知られている。

※2 アレルギー表示が必須の7種類:卵、乳、小麦、そば、落花生、えび、かに

※3 アレルギー表示が推奨される18種類:あわび、いか、いくら、さけ、さば、オレンジ、キウイフルーツ、バナナ、もも、りんご、牛肉、鶏肉、豚肉、ゼラチン、くるみ、大豆、まつたけ、やまいも

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横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。