増粘多糖類を使わないとホンモノか?の巻

タラガムの原料、タラの種子
タラガムの原料、タラの種子。

タラガムの原料、タラの種子
タラガムの原料、タラの種子。

リョウが化学の話に飽きたと言ったら物理の話を始めたタクヤ。増粘多糖類の物理性と使い途についての話が続く。

組み合わせるとまた性質が変わる

リョウ 「来たか。ごくろう」

タクヤ 「相変わらず偉そうですね」

リョウ 「直らんから許せ」

タクヤ 「付き合い長いですけど、ずっと前からあきらめてますからいいです」

リョウ 「この間は、ナンパや合コンは緩急が決め手だという話だった」

タクヤ 「そんな話してません」

リョウ 「冗談通じないやつだな。ま、増粘多糖類の粘性には種類があって、それを理解して使い分けるといいことあるよっていう話だったな」

タクヤ 「わかってるじゃないですか。やだなぁ」

リョウ 「ほかに、実際に増粘多糖類を使う上での特徴の生かし方とかないのか」

タクヤ 「ありますよ! 例のドレッシングにお薦めのキサンタンガムですが、これはローカストビーンガム(LBG)と反応してゲル化します。また、グァーガムと反応して、粘りが増します」

リョウ 「グァーっと粘るのか」

タクヤ 「オヤジか。あとκ(カッパ)カラギーナンと呼ばれる種類のカラギーナンは、LBGと反応してゲルの弾力性が増します」

リョウ 「なるほど。製品となった後の性質も、相性で決まることがあるわけか」

タクヤ 「やっぱり食品の素材ですから、あれと合わせるとこれがこうなって、その代わりこれがこうなるというパズル的な面があります」

リョウ 「増粘多糖類を供給する側にも、利用する側にもいろいろなノウハウがある、というのはそこか。ま、そこが料理の醍醐味だな」

タクヤ 「ただ、でんぷんや寒天のように家庭までも広く一般に普及した技術というわけではないので、困ったところもあります」

リョウ 「わかりにくさ、か」

使えないなら使わないことを自慢しちゃえと

タクヤ 「はい。ローカストビーンガム(LBG)でもキサンタンガム(XG)でも、今は楽天とかの通販サイトでも簡単に手に入るんですが、台所にこれが来ましたとなっても、ちょっと使えないですよね?」

リョウ 「覚えりゃいいんだろうけど、たいていの人はこりゃ何だと思うよな」

タクヤ 「でも、何か特定のおいしいもののレシピとセットで手に入れたら使えますね」

リョウ 「書いてあるとおりに使えばいいわけだからな」

タクヤ 「だから、増粘多糖類のメーカーは、食品メーカーに黙って卸すだけじゃなくて、使い方を説明したりするわけです。単純に『これはこうやって使ってください、よろしく』と言うだけじゃなくて、メーカーが新商品を開発するプロセスでその新しい食品に合った増粘多糖類の調合を一緒に開発したり、ということもします」

リョウ 「開発というと、金もかかるだろうな」

タクヤ 「そうです。だから、一般論ですが、そういう親切なコンサルティング的なお付き合いは、とくに大口需要者を対象にするということになっていくわけです」

リョウ 「まあ、ちょっとしか使ってくれないのに、研究者を何人日も充てて考えてあげるなんてのは無理だな」

タクヤ 「それで、小口の需用者に対しては、いくつかのミックスの種類を用意しておいて、『それでしたら、これが合いますよ』とお薦めするのが一般的なわけです」

リョウ 「それなら便利じゃないか」

タクヤ 「でも、微妙な使い方で最高のテクスチャーを作って、しかも扱いやすく、コストも低く、なんていう複雑なことは望めないわけですよ」

リョウ 「喫茶店に隣の店と同じコーヒー豆やケーキミックスが届くのと同じことだな。ちょっと手を加えるということはできそうだけれど」

タクヤ 「でも、たぶん小口需要者に細かく対応してくれるメーカーというのは、少ないでしょうね。で、使い方にしくじると、もうこんなの使わなくていいやとか」

リョウ 「あんまり難しいことは、中小・零細では研究もしにくいということはある」

タクヤ 「ならばいっそのこと『ウチは増粘多糖類を使用してません! エライでしょ!』と宣伝しちゃうほうがラクだということになるでしょう」

リョウ 「なるほど。『ウチのはホンモノですよ』と、な」

ホンモノって何だ?

タクヤ 「じゃあ、ホンモノって何ですか?」

リョウ 「LBGとかXGとか、みんなが知らないものを使ってとろみを付けたんではなくて、『天然の材料を使ってとろみを付けました』ということか」

タクヤ 「LBGだってXGだって天然素材ですよ」

リョウ 「あれだ。専門の勉強してない主婦がスーパーで揃う材料で作れるものがホンモノだ」

タクヤ 「じゃあ、三つ星レストランで専門家が特別な材料で作る料理はニセモノだと?」

リョウ 「おっと、そうか。そういう、何だ、食品添加物として売られているものは使わないのがホンモノかな」

タクヤ 「この間話したフェラン・アドリアのエスフェリフィカシオンとか、他の料理人もこぞって始めた材料をガスで押し出して作るエスプーマとかは、増粘多糖類を上手に使っている料理ですが、そういうのはホンモノじゃないと?」

リョウ 「料理人やグルメの中にはフェラン・アドリアの料理を評価したくない人もいるようだけれど、でもホンモノの料理人が作ったホンモノの料理だろうね」

タクヤ 「同じ材料を使って、食品メーカーが作るとどうですか」

リョウ 「あー、『ありゃホンモノの食べ物じゃない』と言い出す人がいるだろうね」

タクヤ 「だから、レストランとか、中小・零細の食品メーカーとか、食品製造を始めた農家とかで、増粘多糖類を使うのが得意でないところは、『ウチはアレ使ってませんからホンモノです』と宣伝したくなっちゃうわけですよ」

リョウ 「それは保存料とか着色料とか、他のいろいろな食品添加物についても言えることだろうね。わからないから使えない。使えないから使わないことを自慢しちゃおうと考えたくなる傾向はあるだろう」

タクヤ 「まあ、使わないで済むものを使わないのはいいと思うんですが、高度な技術が怪しいもの的に宣伝されてしまうスキはあると思うんです」

リョウ 「なるほど。誰もが持っている技術ではないというのは、本来それだけで価値になるものだけれど、食べ物は独特だな。技術が高度化すると悪口を言われやすくなる」

タクヤ 「そこが不思議なんですよ。陶芸作家や漆器の職人は誰にできるわけでもない高度な技術を持っているけれど、『あれはホンモノじゃない』なんて言われることはないでしょう」

リョウ 「手で作るものだからかな」

タクヤ 「『モノ作りニッポン!』とかと賞賛しますが、たいていのものは機械がないとできないものですよ」

リョウ 「人はさ、口で説明することはできないけれど、現場は見せてくれるという場合は信じてくれるんだよ。逆に、口で説明することはできるんだけれども説明もしてくれない、現場も見せてくれないという場合には、疑いの目を向けるものだ」

タクヤ 「農家が『話はいいからオレの畑を見てくれ。どうだうまいだろう!』と言うと、なんか信じちゃいますよね。でも、工場見学に行って『どうしておいしくなるんでしょうね?』『それはウチで科学的に研究・検証して、実はあそこのラインで作っているんですが、お見せできません』て言われると、なんだか怪しいと思ってしまう」

リョウ 「論より証拠というやつでね。同じものを出していても、オープンキッチンの店のほうが好かれるのは、おそらくそんなところだろう。そこを心得ているメーカーは工場見学の受け容れには熱心なものだ。しかも秘密がないと感じられるように見学コースを作っている」

タクヤ 「増粘多糖類ももうちょっとオープンになるといいと思うんです」

リョウ 「やけに肩を持つじゃないか」

タクヤ 「だって、砂糖や香辛料と同様の農産物だったり、誰もが好きなカニ製品だったり、昆布だしのような水産品を加工したものだったりするわけですよ。それが法令上『食品添加物』のリストに並んでいるというだけで、使うとホンモノじゃないような感じられ方になったり、そう仕向けたりというのは、個人的に納得がいかないです」

リョウ 「まず身近にすることが大事だろうね。学校の家庭科や化学で積極的に扱ったり、あとは何か家庭で便利に使えて『これ助かるわぁ』と思える商品があると変わるだろうな」

タクヤ 「あ、そういうのありますよ!」

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About 北遥 41 Articles
もの書き稼業 きた・はるか 理科好きの理科オンチ。