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ドン、サーモン、そして美人

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「何が食べたい?」「あ、何かセルビアの郷土料理でも……」というやり取りがしばらく続いた後、社長が「ここは俺に任せろ」とばかりに我々2人の会話を制した。筆者は海外に行くと食がだんだん細くなってくる。食欲がなくなるとかホームシックになるわけではないのだが、視覚や聴覚から入って来る刺激が多すぎて、それを消化するので精いっぱいになり食欲の方まで気が回らなくなる。

コイの洗礼・サーモンの洗礼

ノビサドのドンが頼んでくれたサーモンステーキは驚異的な厚さだった。

ノビサドのドンが頼んでくれたサーモンステーキは驚異的な厚さだった。

 SF映画の地球脱出用宇宙船のシーンで庶民用居住区の食事に出て来そうなアエロフロートの結構な味の機内食から、モスクワ――ブダペスト便の黒パンの乾いたサンドイッチに至るまでスマホに収めていたにもかかわらず、ブダペストで昼に食べた記憶があるのはアガールディ蒸留所で出していただいたフルコースぐらいで、どうしても他に思い出せなかったのは食べていなかったからだと思い至ったのは日本に帰って来てからだった。

 そんな筆者の目の前にウェイターがうやうやしく差し出したのは巨大なサーモンの切り身だった。吉野家の朝定食だったら4人前以上取れそうな分厚さで、「切り身」と言うより「ステーキ」と言いたい。焼き方がミディアムレアだったことにも納得だ……などと感心している場合ではない。ノビサドのドンはさっきまでの鋭い眼光から一転して笑顔になっている。「日本から来て何日になる?」「もう1週間を過ぎました」「魚が恋しかっただろう。いちばんいいところを東洋から来た客人に出してくれと店に頼んだんだ」

 実は筆者はチェコに行った人から、東欧に行った日本人はチェコ人の自宅に招かれると“コイの洗礼”を受けることを聞いていた。日本人と見るや歓声を上げながら東欧美人が抱きついて来てくれるなら筆者も一口乗ってみたいところなのだが、魚を好む日本人が来ると聞いて、訪ねたチェコ人のどの家でも申し合わせたかのように油っぽい鯉のから揚げを準備してくれていたという。本来が肉食文化で、現地では決して安くはないクリスマスの贅沢料理だが、特別に準備した。そう満面の笑みで勧められ、その人は泣きそうな笑顔で「おいしいですね」と言って、行く家ごとにこみ上げて来る胸やけと闘いながら鯉のから揚げを食べ続けたという。

 帰国後は鯉の洗いも鯉こくも食べられなくなったという彼の話を笑って聞いていた報いがやってきた。目の前の分厚いサーモンの威容に凍り付いている筆者に、社長の無慈悲な言葉が追い打ちをかけてきた。

「日本の習慣は知っている。パンじゃなくてコメを食べるんだろう? それもちゃんと用意させた」

 重みのあるサーモンをフォークとナイフで持ち上げるとタイ米を日式テリヤキソースで炒めたと思しきライスがこんもり山型に盛り上がっている。

君はセルビアの女性はきれいだと……

70年代のアメリカ映画に出て来そうな屋外のバーカウンター。

70年代のアメリカ映画に出て来そうな屋外のバーカウンター。

 東欧滞在中、頭の中でリフレインしていたのはソ連時代の映画「モスクワは涙を信じない」のテーマだった。♪アレクサンドラ、アレクサンドラ……と物悲しく続くメロディーは秋の風が冷え込みを増した夕暮れのブダペストの風景にも、緑の平原の中に寺院や民家が点在するセルビアでも、不思議な懐かしさを覚えた赤い花を飾ったレストランから見た、ドナウ川にかかるヴァラディン橋のライトアップにも不思議にマッチしていた。

 そんなメロドラマのテーマが、社長と初めて会ったとき一瞬だけ、ハリウッドでアカデミー賞をいくつも獲得した“あの映画”のテーマに切り替わった。向かい側で柔和な笑みを湛えている社長が時折見せる鋭い眼光と堂々とした体躯は、メイクや演出どころか台詞さえなしでそのまま登場しても違和感がなさそうだ。

 その「ドン」が、イタリアっぽい名前のこの店で、満面の笑みで暴力的に分厚い鮭のステーキを勧めてくれているのだ。筆者の脳内BGMがふたたび「ゴッドファーザー」のテーマに切り替わる。初めて社長と会ったときは軽快なカルテットだった。それが今や筆者の目前にフルオーケストラが居そうなくらい耳元でこだましている。

 もしこのステーキを断ったり食べ切れずに残しでもしたら、冷たい秋のドナウ川に放り込まれて鯉の餌になるのだろうか。ギャル曽根がもしノビサドを歩いていたら土下座して付き合ってくださいと懇願していたに違いない。

 必死の思いで食べ切ったが、米は少しどうしても食べ終わることができなかった。あのとき「お代りはいるか?」と言われていたらどうなっていたことだろう。

 デザートはチョコラト・ニ・スープレ、日本ではフォンダンショコラと言われる凝ったものだった。女性がよく言う「デザートは別腹」を筆者は半信半疑で聞いていたが、セルビアでこの言葉が嘘でないことを初めて実感した。フレッシュなベリーが丸ごと入ったソースで食べるアイスクリームも申し分ない。

社長はセルビア語しか話せないし、筆者は英語しか話せない。どうにかドナウ川の冷水浴を免れた安心感もあって、こわもてだが相手を気遣ってくれる社長とどうにか直で心を通わせてみたくなった。日頃は独りで酒場巡りをしている筆者はスナックやカラオケとは無縁だが、ここはやっぱり歌だろう。

「ノビサドにカラオケができる店はありますか?」

 と、カラオケができる店をスマホで探し始めたショーベルさんを社長が手で制する。……今度は何が来るんだろう。

「君はセルビアの女性はきれいだと言っていたね」
「えぇ、そう知り合いから聞いてきましたし、実際にきれいだと思います。まぁ実際には車中から見たぐらいですが」
「……ノビサドのきれいな女の子たちに会いに行くかね?」

 セルビア滞在中、独り言を呟くときしか口にしていなかった日本語が「あわわ」と口をついて出てきた。一難去って、また一難。「あ、いや今回はセルビアのラキアの視察ということで来たので」と、うろたえつつもこの状況から脱出を試みる筆者に、社長はさらに追い打ちを掛けてきた。

「いいか、イシクラ。僕は日本人はセルビア駐在大使しか見たことがない。君が2人目だ。日本人はセルビアに来てもベオグラード(首都)止まりだろう。ここで君がノビサドの美女と恋に落ちても、日本では誰一人知ることもない。どうだ、行くかね?」

 10月の冷たいドナウ川を危うく回避したと思ったら、今度は魅力的なセルビア美女たちが迫って来る。

執筆者

石倉一雄
石倉一雄
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。