「栄養価が高い」「安全」を言うには根拠が必要だ

高品質を言うにはその根拠を示す必要がある
農産物の高品質を言うにはその根拠を示す必要がある(イメージ。記事とは直接関係ありません)

よい商品とは何かということを考えたとき、他産業での答えは明確だ。売れるもの、したがってニーズがあるもの、つまり「お客様が求めるもの」が、よい商品だ。よい農産物とは何かということも、本来こうした当たり前のことで考えればいいはずである。

気安く安全を語る安全軽視

 よい農産物とは、お客がほしがっているものである。そこで生産者が考えるべきことは、その“お客”とは誰かということだ。

 農産物を最終的に口に入れるのは消費者だが、農産物を手に入れて消費者に届けているのは流通、加工、外食である。話を単純にするために、ここではその役割を流通業に代表してもらうことにして書き進める。

 生産者は、直売所や通信販売などで消費者に直販するのでなければ、農産物を売る相手は流通業である。つまり、生産者にとっての“お客”とは消費者ではなく流通業者ということになる。

 もちろん、流通業の最終的なお客は消費者となるので、流通業は消費者が望むものを集めて来なければならないわけだが、前回述べたように、直接口に入れる消費者と、多くのものを集めて安全にそれを届ける流通業とでは、やはり品質基準が異なる。したがって、生産者はまず第一に流通業のニーズを汲む必要があるということを理解しなければならない。その先の消費者のニーズを汲むのは、生産者ではなく流通業の仕事だ。

(とは言え、生産、流通ないし加工、そして消費者という三者の間で、農産物が備えるべき品質について、もっと突っ込んだ議論があっていいはずだと考えているが、これについては別な機会に考えたい)

 そこを理解した上で、それでは流通業者のニーズはどのようであるかを考えたい。

 連載中繰り返しになるが、流通業の先にいる消費者のニーズは「おいしい」「栄養価の高い」「安全」であることだが、これらの言葉だけでは非常に曖昧である。

 まず「安全」について。行政やビジネス界には安全の基準が各種あるが、消費者が言う安全とは、厳密な数値目標とは異なるもっと気分的なものであり、その変形として残留農薬、硝酸態窒素、放射能汚染の「ゼロ」、「100%」の安全性という極端な要求となったりする。あえて言えば、これらはすべて、“検証されていない安全”“根拠のない安全”であると言っていいだろう。

 ところが、農産物には上記のようなものとは全く異なるレベルで無数の危険が潜んでいる。代表的なものをいくつか挙げれば、O157などの病原性大腸菌をはじめとする微生物による汚染、腐敗、そして金属片、ガラス片、プラスチック片などの異物混入などである。このような直接的かつ即座に事故につながる危険を考慮することなく、「安全」を言うのは無意味であるだけでなく、むしろ農産物の安全をないがしろにしている無責任なことと言える。

 本来、「安全」を言い切るのは、とてつもなく難しい。「放射能汚染がない」「農薬・化学肥料を使用していない」「作物体中の硝酸態窒素の低い」などと言うだけでは、とても安全と言えるものではない。ところが、生産者直販やある種の小売業などを中心に、このような形で安易に「安全」を標榜している農産物は、無数にある。今後、生産現場から消費者に直接に近い形での販売が増えるほど、このような形の“安全軽視”が事故・事件化する可能性は否定できず、筆者はそれを非常に危惧している(詳しくは回を改める)。

高栄養と安全の実現は容易ではない

高品質を言うにはその根拠を示す必要がある
農産物の高品質を言うにはその根拠を示す必要がある(イメージ。記事とは直接関係ありません)

 次に、「おいしい」について。これは「安全」よりさらに曖昧だ。これを数値化する標準の方法はない。だから「言った者勝ち」ではあるが、「食べたらおいしくなかった」という悪評が立てばおしまいである。それだけにセールスポイントにはしづらい。

「栄養価の高い」については、「日本食品標準成分表」に記されているレベル(標準)をクリアすることはそう難しいことではないはずだが、“特別に栄養価が高い”ものを大量に流通させることは非常に難しい。先に書いたように、栄養価は、季節、天候、土壌、栽培技術などさまざまな要因によってかなり変動するからだ。特別なある一定レベル以上の栄養価の農産物を常にそろえて流通させるというのは、現実的ではない。したがって、「栄養価が高い」という謳い文句を使うことは、とてつもなく難しいことだと言える。

 そのようなわけで、「おいしい」「栄養価の高い」「安全」を掲げて、農産物を流通させることはきわめて難しい。ところが、これらの言葉を、消費者だけではなく、流通業者、そして生産者にも気軽に使用している人・企業・団体が多いという実態がある。彼らが、なぜこのような難しいことを簡単に言ってしまうかと言えば、これらの言葉の意味をきちんと考え、対処していないためだと言っても過言ではない。何と言っても、筆者自身がそのような農産物を生産し流通させることを夢見てきたわけで、実際にやろうとした場合の気も遠くなるような困難を知っているからこそ指摘するのである。

 消費者の夢を壊すようで申し訳ないのだが、それが実情というものだ。ともかくも、主観として逃げられる「おいしい」はさておき、「栄養価の高い」「安全」を使用した農産物の広告やセールスには問題のあるものが多い。

 百歩譲って、「安全」を標榜するのではなく「無農薬」「無化学肥料」を訴えるだけならまだいい。それが事実であるなら、それを表示する分には問題ないだろう。ただし、「無農薬」「無化学肥料」をイコール「安全」と了解している消費者が多いため誤解を誘導する懸念はあり、推奨はしない。

 栄養については、本当に「栄養価の高い」と言えるものを安定して出せるのであれば、栄養成分名と数値を示せばいいだろう。ただし、それができないのが、加工食品ではない農産物というものである。

 さて、ダメを押すようだが、消費者が求める「おいしい」「栄養価の高い」「安全」な農産物というものは、「これがそうです」と担保して提供できるものではないのである。

 今一度考えていただきたい。一体何をもってよい農産物と言うべきか。

岡本信一
About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】