水田作に肥料はいらない?

陸稲ではなく水稲を育てている畑/茨城県
陸稲ではなく水稲を育てている畑/茨城県
田植えの後に窒素肥料をまく/茨城県
田植えの後に窒素肥料をまく/茨城県

水田に肥料を施す量、その種類、あるいはそもそも肥料を使うかどうかにも、農家の考え方や、地域の気候風土、土壌の性質の差などが表れます。

 かなり大ざっぱに言うと、東北、北陸など冷涼な地域では窒素成分を含む肥料をよりたくさん使う傾向があり、逆に温暖な地域では窒素肥料の使用は控える傾向があるようです。以前、「腕がいい」と言われる静岡のあるコメ農家を尋ねたときには、「窒素成分はなるべく入らないようにする。むしろ、全く入れないほうがいい」という説明に驚いたことがあります。

 冷涼な地域と温暖な地域では、植物の生長の早さや肥料の効き方に違いがあるのでしょう。また、夏場に高温になる地域で、圃場に窒素肥料、特に完熟以前の堆肥などの有機質が含まれていた場合、それが醗酵して土の中にガスが発生し、植物の根を傷めるということにもなり兼ねません。それぞれの農家は、水田に入れる窒素肥料の成分や分量を、そうしたことから総合的に判断しているのです。もちろん、自分では何も考えず、農協や農業改良普及員や肥料店に言われるままに肥料を買って施しているという農家も少なくありませんが、その場合は、農協、普及員、肥料店の腕が問われることになります。ちなみに、入れても入れなくても短期的には効果や障害が分からないリン酸などを増量して売り上げを稼ぐという悪徳を持った人や組織もあるものですが、この向きは近年やっと問題視されるようになってきました。

 ところで、肥料を全く施さない水田でも、イネは育つのでしょうか。一般論として、答えはイエスです。

 では水田には、なぜ水を入れるか、考えたことがありますか? それは、水稲が水を要求するからではありません。水稲は、水草などの水棲植物とは違って、畑でもちゃんと育つ植物です。

陸稲ではなく水稲を育てている畑/茨城県
陸稲ではなく水稲を育てている畑/茨城県

 なぜ手間ひまをかけて水田という水を湛える圃場を作るのでしょうか。

 実は、水田の水は、イネに水分ではなく、窒素成分やミネラルなどの栄養を供給しているのです。水田に入る水は、元は雨水ですが、それが山に降り注ぎ、土の表層の窒素成分(これは、土壌に留まりにくいものです。だからこそ、畑では毎年のように窒素肥料を施さなければならないのです)を溶かし、地下に入って土や岩石に含まれるミネラルを溶かし、そうした成分を含んだ水が湖や川に集まって、水田に引き込まれます。その水に含まれる窒素やミネラルを、イネが活用するのです。

 よく、「山の麓の谷地の田んぼでよいコメが取れる」というのは、山の栄養がダイレクトに注ぐ圃場だからという面があると考えられます。

 また、雷雨が多いと、イネがよく育つとも言われます。これは、空気中の窒素が放電によって酸化したものが雨水に溶け、窒素成分の多い水になるからと考えられています。あの放電現象を「稲妻」と呼ぶのは、そうしたことを人々が経験的に理解していたからなのでしょう。

 このように、稲作に直接かかわりがなさそうな山野の恵みを生かすシステムが、水田という圃場なのです。

 日本国内の土壌は、肥料成分を土が保持する力(保肥力)は貧弱なものです。世界的に見ても、肥料を与えなくてもいいぐらいに保肥力のある土というのは、ロシアのチェルノーゼム、北アメリカのプレーリーという土ぐらいのもので、世界のほとんどの地域で、作物を作るためには何らかの方法で肥料成分を供給する仕組みが必要です。例えば、社会科で習ったように、ナイル川流域では、ナイル川の氾濫が、圃場に肥料を供給する仕組みとなり、非常に豊かな社会を生み出しました。

 しかし、人が肥料をまくなどの仕事は、非常な労力を使い、しかも肥料成分のバランスを崩すと、圃場の力はむしろ落ちることになります。同じ場所で毎年同じ作物を作っていると、そのようなアンバランスを生じやすいものです。加えて、その作物を好む病害虫も発生しやすくなります。

水が千年単位の連作を可能にしている
水が千年単位の連作を可能にしている

 そうしたいろいろな原因による障害の原因を詳しく検証せず、十把一絡げに命名したものが「連作障害」という言葉です。これは、「頭痛」「食欲不振」などと同じく現象を指す言葉で、障害の原因を指す言葉ではないことに注意する必要があります。おいしい食事に手を付けない人に「なぜ?」と聞いて、返ってくる答えが「食欲不振だから」というのでは話になりません。そのように、不作の原因として「連作障害」という言葉しか使えないような農家は、あまり勉強をしたくない人と考える方が賢明です。

 閑話休題。水田は、常に水が入れ替わり、いわば土を洗い続けるようなインフラと見ることもできます。また、窒素やミネラルのバランスは、水源の山野の状態が左右し、環境破壊が進む昨今でも、これは恐らく人の心の変わり方よりはゆっくりで、バランスが崩れにくいものでしょう。そして、病害虫も比較的留まりにくいものです。そんな、水田という優れた生産方法を発明した祖先がいたために、日本では毎年、同じ場所で、何千年にもわたって水稲を作り続けることができるというはなれわざが可能になったのです。

 戦後は、各種の肥料や資材が流通するようになって、コメの増産が可能になったとも言われますが、水田を見る際には、こうした基本的なメカニズムを、その農家がどうとらえているかにも注意しながら話を聞きたいものです。

※このコラムは柴田書店のWebサイト「レストランニュース」(2009年3月31日をもって休止)で公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 289 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →